LOGIN翌日、快は瀬川との約束の地へ向かうため新宿駅で電車を降りた。
するとスマホにLINEが届く。 『やべー寝坊した!遅れます…!』 「あいつ……」 駅のホームにあった自販機で何か買おうとするが。 「(コーラ売り切れてる……)」 大好きな缶コーラが無い事にがっかりする。 今の快の傷ついたメンタルには何でも深く刺さり過ぎるのだ。 昨日の愛里と美宇との一件はまだ快の心に傷を大きく残していた。 そんな状態で瀬川と楽しめるのか、楽しめないと失礼じゃないか、そんな事まで考えては落ち込んでしまうほど。 「はぁ〜」 自分はヒーローにはなれない。 まともな人からそう言われてしまっては反論のしようが無い。 しかしヒーローになりたい、必要とされたいという欲求は止まらない。今の心は苦しくて仕方がなかった。 大きくため息を吐いたその時、ホームにある男の声が響いた。 「おい、落ちたぞ!」 何やら人が一箇所にぞろぞろと集まっている。 何事かと思い快もそちらを覗いてみた。 するとそこには。 「うぅ〜いててて……」 なんと酔っているであろうホームレスが線路の上に落ちてしまったのだ。 そのまま眠ってしまったのか起き上がる気配がない。 『間もなく列車が参ります』 タイミング悪くアナウンスが流れる。 「待ってよ、電車来ちゃうじゃん!」 「誰か駅員さん呼んで!」 しかし誰も自分から動こうとはしない。 理由は明白だ、無理に助けようとしたら自分まで巻き込まれかねないから。 「ゴクッ.......」 そんな中息を呑む快が考えていた事は。 「(証明するなら…)」 ヒーローになりたい、しかし自分にはなれない。 それは本当なのかどうか証明するチャンスがやって来た。 しかし失敗すれば死ぬかも知れない、しかし挑戦しなければ二度とチャンスは訪れないかも知れない。 そんな心の葛藤が渦巻いていたのだ。 「ふぅーーよし……!」 そして快が取った決断は線路に降りて助ける事だった。 「おい!電車来るぞ!」 確かにこのまま自分ごと死ぬ可能性もある。 しかし今は自分がヒーローになれる事を証明しなくては。出来なければ死んだも同然なのだ。 「あの!大丈夫ですか⁈」 寝ている酔っ払いを起こそうと体を叩く。 「うぅ〜うるせぇなぁ……」 しかし全く起き上がる気配はない。 「クッソ!」 そこで快は肩を組み無理やりにでも起き上がらせる事にした。 そこへ電車がやって来る。 プアアァァァーーーンッ 耳をつん裂くような汽笛を鳴らして迫り来る。 「うるせぇ……なぁ!」 その時酔っ払いは寝ぼけながらキレて快の手を払い除けた。また線路に横たわってしまう。 「おい!しっかりしろって!!」 もうダメだ。 電車はすぐそこまで迫っている、もう間に合わない。 「きゃーーー!!」 「ダメだぁぁー!!」 そんな声が響く。 そして快は。 「はぁっ、はぁ……」 まるでスローモーションのように時間が流れていた。走馬灯というやつか。 ドクン、ドクン…… 自分はノロマで頭も悪くて。 ドクン、ドクン…… 障害のせいで人とも上手くいかずに。 ドクン、ドクン…… 夢も叶えられずうつ病になって意味もなく苦しみ。 ドクン、ドクン…… 誰も救えないまま、必要とされないまま死んでしまうのか? 「嫌だ………」 嫌だぁぁぁーーーーっ!!! そして響いた音は。 ドオォォォォン……ッ!!! ☆ 「……え?」 目の前の光景を疑った。 自分達に衝突しているはずの電車が宙を舞っているのだ。それに地面が崩れるように裂けている。 グギャアアアァァァッ!!! その中から見た事もないほど巨大な生物らしき何かが出現した。 耳をつん裂くような雄叫びをあげている。 「何だアレ………⁈」 鋭い目つき、悪魔のような顔、轟く咆哮、全身を覆う鎧のようなトゲ。 "バビロン"はその凶悪な面を見せて渋谷の街に出現した。 「グギャアォォォッ!!」 新宿駅から進行する。尻尾を叩きつけビルを破壊し口からは熱線を放つ。 突如現れたその脅威に人々は逃げる事すらままならなかった。 「………はっ!」 しばらく唖然としていたが巨大な咆哮の隙間から微かに聞こえる人々の悲鳴を耳にして我に還る。 「助けてぇーー!!」 訳もわからず逃げる者。 「ママぁぁーー!!」 瓦礫に親を押し潰され泣き叫ぶ子供。 またはその逆、子供を潰され泣き叫ぶ親。 「はっ、はっ……」 その声を聞いた快の身体は自然と走り出していた。 「(ヒーローに、ならなきゃ…!)」 つづく『アアァァァアアアァァ……ッ!!』 突如巨人が大きな雄叫びをあげて目覚めた。 噛まれている左足を軸に背中から飛び上がる。『ゼリャァァァッ!!』 そして捻挫して痛いはずの右足で全力の蹴りをバビロンの顔面に決めた。「グゴォッ……⁈」 捻挫の痛みなんて今はどうでもよかった。 アドレナリンが止め処なく放出されているから。『ざっけんな!俺はヒーローにならなきゃいけないんだ!!』 過去への怒りに燃えながら全身に力を込める。『散々辛い思いしてきたのにその分いい思いが出来ないなんて……』 魂を込めて叫ぶ。『割に合わねぇんだよ、バカヤロウ!!!』 そしてバビロンへと突っ込む。 今度は無策ではない。「ゴアァッ!!」 前足を振りかざしてくる攻撃を避けると。『ドゥラァァァッ!!』 人差し指と中指でバビロンの"左目"を突き刺した。「ギャアアアアアアアアアッ!!!!」『フンッ、フンッ!』 グリグリと抉るようにほじくる。 バビロンは想像を絶する痛みに暴れ回る。『フンッ!』 そして指を目から離した後、両手でバビロンの頭を押さえた。『ディイイリャッ!!』 思い切り左膝でバビロンの顎を攻撃した。 骨が砕ける感覚がよく伝わって来る。「ガゴハッ……」『フゥゥゥ……!』 そして巨人はバビロンの尻尾を掴みグルグル振り回す。『ゼリャァァァアアアアッーー!!!』 そのまま思い切り投げ飛ばした。「グゴアァァァッ……」 歌舞伎町の辺りに思い切り衝突し倒れる。 相当なダメージを食らってしまった。『オォォォォ……』 バビロンが倒れている隙に巨人はエネルギーを溜める。 両腕を広げて全身で"十字架"のような形を作る。『ハアアァァァァーーーッ!!!』 そのまま両手を突き出し放たれる十字の波動。 罪という概念を滅する"神の雷"。『ライトニング・レイ!!!』 蒼白の十字の雷が一直線に進みバビロンに衝突。 「グッ、ゲガガッ……」 そのまま大爆発を起こし消滅した。 しかし雷の威力が制御できずに強すぎたのか爆発はどんどん広がっている。『ーーッ』 そしてそのまま巨人自体も大爆発に呑まれた。 新宿の街を爆炎が包む。 巨人は一体どうなったのだろうか。「……っ!!」 近くで見ていた市民たちが絶句しながらその様子を見ていた。 そして爆炎が
今見えているのは両親の姿。 何度も怒った両親に叩かれて来たため目の前のバビロンが彼らに見えたのだ。「何でもっと普通に出来ないの⁈いい子にしてなきゃダメでしょ⁈」「母さんの気持ちを考えろ!お前にも心はあるだろう⁈」 そして何度も叩かれる。 そのうち罵声を浴びせて来る者の姿が少しずつ変化していった。「私だって辛いんだから」 姉である美宇の姿に変わりマウントを取ってくる。「お前なんかもう友達じゃない」 次は瀬川の姿になって絶交を宣言。「ヒーローはもっと選ばれた人がなるんだよ」 そして愛里の姿にもなる。 今の快にとってはキツい一言を浴びせた。『やめろ、やめてくれ……』 どんどん追い詰められて行く快の精神。 そして遂にみんなが一斉に最悪の言葉を発した。「「お前はヒーローになれない」」 その言葉を聞いた途端、快の精神は崩れた気がした。『……そんな』 その時何を思ったのだろう。『…………ウソだ』 無理やり言い聞かせるように否定をする。『………………そんな事ある訳がない』 しかし言葉とは裏腹に声は段々と弱くなって行く。 記憶に映る景色、覚えているのは殆ど辛い記憶ばかりだ。 いい思い出なんて殆ど残っていない。 そんな事があって良いのだろうか。『……ふざけるな、こんな事あっちゃいけない』 自分だけずっと辛い目に遭い続けるなんてそんなの。『理不尽すぎる!!!』 つづく
崩壊し燃え盛る新宿の街。 バビロンが暴れる新宿の街。 そこへ眩い恵みの光が降り注いだ。『オォォォ……』 その光の中から現れたのは巨大な"赤銀の巨人"。「何だアレ…」 逃げ惑う人々は振り返り巨人の出現に圧倒されていた。『セアッ』 その巨人の正体は。『これが、俺の変身……』 赤銀の巨人に変身した快はその変貌した姿、目線の高さに驚いていた。「グゥルルル……」 そこに迫るバビロン。『そっか、俺が戦うのか……』 自分の手を見つめる。 この手で自分がやりたい事、今チャンスがあるのならやってやる。『見てろよ……!』 今まで自分の夢を否定した奴らの顔を思い浮かべて拳を強く握った。 そして。『ハアッ!』 拳を構えて戦闘体勢に入った。『フオッ!』「ゲアァァッ!」 二体の巨大な存在はお互いを目掛けて走り出した。 そのまま勢いよくぶつかり取っ組み合いを始める。『オォォォ……ッ』 悪魔のような顔がすぐ目の前にある。「(良いんだよな……?怪獣だし……!)」 その体勢のまま巨人はバビロンの顔面を右拳で殴った。『ハッ!』「グギャッ……⁈」 拳がバビロンの左頬にめり込む。 体勢が崩れた隙を巨人は見逃さなかった。『ホッ、デリャッ!』 左足で回し蹴りを繰り出しバビロンの腹部を攻撃する。「(イケるぞこれ……!)」 これなら自分もヒーローになれる。 そう思うと嬉しくなってしまい攻撃にも勢いが増す。「ゲアァァッ!!」『オッ……⁈』 しかし蹴り上げて片足立ちになっている所を尻尾で払われ思い切り背中から地面に倒れてしまう。 思ったより大分痛かった。「グゲェェェッ!!」 倒れている巨人に噛みつこうと顔を勢いよく下げる。『グッ、ウゥゥ……ッ!』 何とか手で口を押さえて凌ぐ。 隙だらけの腹部を両足で蹴り上げバビロンを転ばせる事に成功した。「ゴゲッ……⁈」 よろよろと巨人は立ち上がる。『ハァ、ハァ、フンッ……!』 まだだ、まだやれる。 今のは少し油断しただけだ。 そう自分に言い聞かせて構えを取り直した。『セィリャァァッ!!』 そのまま殴りかかる体勢で走り出す。「ギャァァオッ」 しかしバビロンは振り返り尻尾攻撃をして来た。『ウッ⁈』 反応出来ず隣のビルに叩き付けられてしまう。「ガァッ!!」 その隙に噛
「くっ……そぉ……あぁぁぁ!!」 こんなに辛くても涙は出ない。 ただ声を上げるしか。「うわああぁぁん……!」 リクも声を上げて泣いている。 快は今、自分が許せなかった。 英美の気持ちに応えてリクを連れて逃げた理由。 それは"恐怖"。死ぬ事への、夢を失う事への恐怖が快の選択を決めたのだ。 つまりは英美を見捨てて逃げたのと同じ事。 やはり自分はヒーローではない。そう痛感してしまった。 そして英美の言葉を思い出す。『ただ自分に出来る事を見つけてるだけ。』「(そんな事、あるわけないだろ……)」 快が苦しんでいるのは"出来る事が見つからないから"じゃない。「"やりたい事"が出来ないから…辛いんじゃないかぁぁ!!!」 悲痛な叫びが燃える街の真ん中に響く。「くそぉ、こんな時も自分の方が心配だなんて……」 再び死を目の前にしても他人を想えるほど余裕がなかった。 こんな自分、生きてる意味はあるのだろうか。 何故ヒーローである英美が死んで臆病者の自分がのうのうと生き延びている?『大丈夫、君は大丈夫だから!』 こんな時またあの幻聴が聞こえる。「(何が大丈夫だよ、見てわかんねぇのかよ…)」 快の心は完全に折れてしまった。 幻聴の空気を読まないポジティブな言葉に苛立ちを覚える。『だって君は託されたから』 すると幻聴が今までにない"続きの言葉"を語り出した。「……え?」 突然の事に快は理解が追い付かず固まってしまう。『自分には出来ない事、君になら出来ると信じて託した。応えなくていいの?』 理解は追い付いていないが必死に考えて幻聴に対し反応を見せる。「何言ってんだ、彼女に出来なくて俺に出来る事なんてある訳ないだろ……」 泣き叫んでいるリクを見て言う。「現に俺は怖くて逃げたんだ、助けられたかも知れないのに英美さんを置いて……」 するとこんな返事が。『だったら何で一人で逃げなかったの?』 そう言われてハッとする。『君はしっかり意思を汲んでこの子を救ってくれた』 そして次の一言で快は気の重さが少し抜ける事となる。『君はもうヒーローだよ』 肩の重荷が少し軽くなった気がした。 まだ完全に抜けた訳ではないが言ってもらいたかった言葉を初めて言ってもらえたから。「これは……?」 すると瓦礫の中に一つだけ輝く石を見つける。
三人は瓦礫だらけのショッピングモール内を移動していた。「はっ、どこまで……行くの?」「まず南側出口に行こう。そしたら真っ直ぐ怪物と反対方向まで逃げるの。そしたら多分避難して来た人もいっぱいいるだろうから。」「なるほどね……はぁっ……」 英美はリクと手を繋ぎ気遣いまでしている。「大丈夫?疲れてない?」「うん大丈夫」 先程からヒーローらしい行動を散々見せつけて来る英美。きっと彼女は素晴らしい人なのだろう。 しかしヒーローを目指すがなれない快にはどうしてもそれが当て付けのように見えて仕方なかった。 ヒーローな英美とヒーローになれない自分。 今、快の自尊心は今までにないほどボロボロだった。「……っ」 リクも母の死を乗り越えようとしている。 そんな強い二人が前方で手を繋いで歩いている。 まるで自分が置いてかれているようだ。「はぁ、はぁ……待って……っ」「ん、大丈夫?」 そこで快の言葉に気付いた英美が声を掛けて来た。 しかし優しい言葉を言ってくれても嬉しくない。「……何が?はっ……」 「歩き方、変だよ?」「えっ……?」「ちょっと見せて!」 そう言って英美は無理やり快を座らせて右足の様子を見た。「ちょっとコレ!捻挫してるんじゃない⁈」 快の右足首は真っ赤に腫れていた。 まさかさっき転んだ時にやってしまったのか。「大丈夫だよこれくらい……」 何とか対抗しようと強がりを言ってみせる。 しかし。「ダメだよ!……お願い、助けさせて」 急に強い表情になった英美。 その力強い言葉に思わず受け入れてしまう。「大丈夫、何か持ってくるからね」 そう言って英美は近くにあったドラッグストアに走って入っていった。「………」「………」 今この空間には快とリクの2人だけだ。 気まずい沈黙が嫌で快は口を開く。「ねぇ、あのお姉ちゃん好き……?」 単純に気になった。やはり子供はああ言ったヒーローに憧れるものなのか。「うん。だって優しくてカッコいいもん。」「そっか……」 また自尊心が傷ついてしまう。 こんな自分も嫌で仕方がない。 しかし彼女はヒーローらしい行動を取り実際リクから愛されている。 そのような彼女を凄いと認めざるを得なかった。「お姉ちゃんヒーローにならなきゃいけないんだって。自分がみんなを助けなきゃいけない
バビロンが暴れ回る新宿の街。 逃げ惑う人々の中、その群れを掻き分けて反対方向へと走る者が一人。「はぁっ、はぁっ……怖いっ、はっ……!」 持久力は高い方じゃない。しかし彼の使命感によって発生するアドレナリンが彼をどこまでも走らせる。 自分に一体何が出来るかは分からない。だがしかし、ここで動いてこそヒーローというものだろう。「(少しでも……助けられたら……!)」 燃えるビルを追い越し、瓦礫に潰された死体を横切って走る。 焼け野原になった新宿を息を切らして駆け抜ける。「あっ」 しかし彼は選ばれし者ではない。 瓦礫につまずき簡単に転んでしまった。「くぅぅ……」 地面に突っ伏し何も出来ない自分にショックを受ける。 やはり自分にヒーローなんて無理なのだろうか、そう思った時。「大丈夫ですか⁈」 甲高い女性の声が聞こえる。 顔を上げるとそこには自分と同い年くらいの少女と彼女と手を繋ぐ小さい男の子がいた。「ぁ、君……」 何故か一瞬立ち止まるがその後すぐに手を差し伸べる。「ほら、立てる?」 倒れている自分に手を差し伸べてくれる少女。 太陽の光を背に浴びた彼女の姿は、まるで自分がなりたかった"理想のヒーロー"のようだった。 ☆ 手を取り合った3人は近くのショッピングモールの中に避難していた。「私、"勇山英美/イサヤマヒデミ"。よろしくね」「創 快。」「オーケー快ね。そしてこの子はリク君。」「グスッ……」 リクという子供は先程からずっと泣いている。「この子ね、あの怪物の光線で目の前でお母さんを亡くしたの。だから何とか助けてあげたいと思って無理にでも連れて行ってる。」「そっか……」 彼女は凄い、自分には出来なかった"人を助ける事"を平然とやってのけている。 それを目の当たりにした快の心境は少し複雑だった。 その時遠くの方からバビロンの咆哮が聞こえる。 まだ破壊活動を続けているらしい。「ひっ……」 母の事を思い出したのか恐れるリク。「よしよし、大丈夫だからね〜」「ひっく、グスッ……ママぁ〜」 必死に英美が撫でても泣き止む気配はない。 同然だ、母を失ったばかりだから。 快は母を失った時の自分と今のリクを照らし合わせて全く泣けなかった事、それが意味する事にまた複雑な感情を抱いた。「よし、コレ何だ?」 リク